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和歌山県新宮市にある新宮城は、浅野氏2代を経て水野氏で10代続き、

徳川家康の従兄弟筋にあたる水野家は、

紀州藩付家老で江戸に詰め新宮三万五千石を領したが、

熊野に産する木材、 木炭等を支配して大いに繁栄し、

その実力は十万石以上であったといわれる。

案内図


丹鶴(たんかく)城とも呼ばれるが、その名前の由来は

築城前に源為義の娘である丹鶴姫が開いた東仙寺があったことから、姫の名を。

また、太平洋を見渡せるため沖見城とも呼ばれた。

本丸より少し下にある「出丸」から熊野川も監視した。

出丸 本丸より眺める熊野川

 
平山城の天守台には小ぶりながら3層5階の天守閣が建ち、

洋上からも威風を遠望できたと言う。

紀州徳川藩にとって重要な支城だった。

明治時代に廃城となり、曲輪と石垣と天守台しか現存しない。

石垣は美しく、国の史跡指定となっていて、堀は埋め立てられて市街地となっている。

藩主邸のあった所にはNTTの社屋が建っている。

城跡は、かねてから逐次に整備が加えられ続けている。

今は市民の憩う公園として、春は桜の名所だ。

一部崩壊したままの石垣があるのは残念だが、天守閣再建の話もあるそうで

そうなれば石垣も修復されるだろうと期待している。

崩壊した石垣


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